天皇の寝所(しんじょ)を真似て貴族達は板の間の寝室の隅に、低い台と畳に似た物を載せ寝床(ねどこ)とした。後に此れを飾ったのが「床ノ間」です。時代は下り平安時代の華やかな邸は営(いとな)め無く為った。
中世の貴族の住居は、寝殿の内部に間仕切りを増やし、畳を一部の部屋に据え置き、規模は小さく多用途とする。貴族と肩を並べ新しい支配層と為った上流の武士達は、京の都の寝殿風を造って住まった。又、僧侶も身分の高い者の住まいも寝殿造風、詰まり、中世の上流の住居はどれも寝殿風で在った。
貴族の邸は儀礼的な形式が多く、武士の邸は質素で在り実用的でも在った。又、学問を生活とする僧侶と、生活の態度が異なりて、学問をする室には書院と言うものが備えられた。書院とは謂(い)わば、造り付けの机で室の一部を縁側の方へ張り出して、座り机の様な台を設けて此れに引違いの明り障子も設けた。書院と並んで経巻を載せる為の、違い棚も壁に付けられ、棚の上下には丈(たけ)の低い戸棚、天袋地袋も設けられた。「床ノ間」の起源は、仏画を懸(か)けて礼拝し、仏画の前に押板(おいた)と呼ぶ厚い木の板を置いて、其の上に香炉、花びん、蜀台等を置く。其の押板が後に造り付けにされ、床ノ間と相成った。(上代)
お話は、色々と弾みます。