『信(しん)』とは何か。

                      『守』
 『信(しん)』とは何か。 『信(しん)とは、学(まな)び続ける事、遣(や)り続ける事で在(あ)る』疑(うたが)っても何も起(お)こらぬ、信(しん)じて行(おこな)う外(ほか)無し。信とは己(おのれ)を信じ人をも信じる事。「信ずれば成り、憂(うれ)えれば崩(くず)れる」形では未(ま)だ出来て居ないが心ではもう出来上がって居る。心が先(さき)『出せば入る空(から)にすればドッと入る』法則です。
 今年は巳年(みどし)で在るが、巳(み)は胎児(たいじ)を象(かたど)る象形(しょうけい)文字と言う。そう言えば「勾玉(まがたま)」は胎児を象(かたど)って居る。勾玉(まがたま)は地を鎮(しず)め、鏡(かがみ)は天をかざす。天地自然の法則を「揆一(きいつ)」と呼(よ)ぶ。其処(そこ)から、心を一つにして結束するのが「一揆(いっき)」と言う。筋道を通す事が成功への近道と言い「一揆(いっき)」の言葉が使われた様です。祈って戦うので在ろうか其(そ)をすれば答えも出るのか。あらゆる面で創造(そうぞう)を求める。
 一つの事を徹底的(てっていてき)に打ち込む事が大事で、容易(ようい)に他に救いを求め逃(に)げ出しては人生の敗北者と為(な)る。「此れが好きで、好きで命ある限り時代がどの様に変わろうと意気込みを持っている限り、道は開ける」信じてこそ出来るので在ろう。些(いささ)かも動(どう)ぜず。「一心不乱(いっしんふらん)」が良い。魂(たましい)は不動で在り心の在り方に依(よ)って、心持次第(こころもちしだい)で結果も出る。是(これ)が『徳福一致(とくふくいっち)』と言うもので在ろう。やはり徳を積(つ)む事が大事で在り、己(おのれ)を信じ人をも信じる事で在ろう。(上代)
           『徳福一致』