『詩吟とは、何ぞや』

                     『起』
 『詩吟(しぎん)とは、何(なん)ぞや』 詩吟(しぎん)とは、漢詩(かんし)に節(ふし)を付けたもので在るが。漢詩は古代中国、紀元前1046年に成立した「周(しゅう)」の国に於(お)いて漢詩の原形と見られる一句(いっく)に漢字が三~九文字から成り組み合わす素朴な詩が盛んに為(な)った。やがて周(しゅう)末期、春秋(しゅんじゅん)時代に孔子(こうし)(前551~前478年)が教育的な見地から「詩経(しきょう)」と題す三百五十点の詩、書物が纏(まと)められる。其(そ)の序文(じょぶん)に『詩は、よこしまない志(こころざし)を伝(つた)う』と在(あ)る。同時期にオクターブ五音階音楽も生じた。
 斯(か)くして時代は下(くだ)り「唐(とう)」の時代に入り現在に伝わる絶句(ぜっく)(漢詩を五文字か七文字使う四行詩)行数(ぎょうすう)の多い律詩(りっし)等が完成する。李白(りはく)(702~762)、杜甫(とほ)等の大詩人輩出(はいしゅつ)に依り黄金時代を迎(むか)える。当時、遣唐使(けんとうし)として吉備真備(きびのまきび)や阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)(770年、唐(とう)にて没(ぼつ))等が唐へ渡り、漢詩が日本に伝わった。
 日本古来の和歌(わか)も漢詩の影響を受け、和歌は数寄(すき)と呼(よ)ぶ五・七・五・七・七の文体(ぶんたい)が完成する。貴族(きぞく)の嗜(たしな)みとして和歌と漢詩や物語を憶(おぼ)える事が必須(ひっす)と為(な)り、奈良末期よりの万葉(まんにょう)文化は花開いた。「詩吟(しぎん)」は江戸初期に世の中が安定すると教育的な漢詩は盛んに為り、代表的漢詩人(かんしじん)の石川丈山(いしかわじょうざん)(ら)は唐詩(とうし)を研究、詠(よ)み伝う。又、節(ふし)は七五調、白拍子(しらびょうし)や声明(しょうみょう)の音階、音楽等の影響を受けた。(上代)
            「日々の積み重ねが、ものを言う」