『京町家』のお話。其の29 縄文より、住居形態原型考察。

 縄文(じょうもん)時代が開(ひら)ける住居の形態原型考察(こうさつ)を進めますと紀元前一、二万年まで遡(さかのぼ)ります。最後の氷河期ピークは紀元前二万年頃と言われて以後、徐々に温暖に向かう。
 「竪穴式(たてあなしき)住居」の遺跡発掘の出土(しゅつど)を検証しても古代日本人の生活の全容は掴(つか)めません。新人類(ホモサピエンス)は紀元前五万年頃より大陸から日本列島に入ったと想わるが、外(ほか)に南の島伝いにオーストラリア大陸より紀元前八千年頃には入る。三方より入ったのか。竪穴住居は北方の寒い地に適した住居形態と想わるが温暖な九州南部も竪穴式で在り暖かい地にも適した様だ。
 古代日本で出土する頭蓋骨(ずがいこつ)等の特徴(とくちょう)に全(すべ)ての顎(あご)の歯が擦(す)り減(へ)って居る。食物に付着する砂に難儀(なんぎ)した様で在る。各地で出土する掘下げた三和土(たたき)の滑(なめ)らかな土間に囲炉裏(いろり)と四本の主柱の丸い穴等しか出ませんが時折、石包丁(いしぼうちょう)と石皿(いしざら)が落ちて居ます。肝心(かんじん)なのは、其(そ)の周(まわ)りの土手上(どてじょう)、周提上(しゅうていじょう)の水甕(みずがめ)や作業台とも言える流し台等の様子で在るが掘り下げた底の三和土の土間以外、立ち上りの土手上部や周提は削(けず)り取られ埋(う)められて、尽(ことごと)く残って居ません。
 其(そ)れで何故解(なぜわか)るのか、断片の出土例言い伝え文献(ぶんけん)総合推測(すいそく)で在る。(上代)
          今、幸で在るかどうかが大事。