陰の受容と陽の発動『全個皆完の原理』

(かげ)の受容(じゅよう)と陽(よう)の発動(はつどう)『全個皆完(ぜんこかいかん)の原理』 口先(くちさき)では見抜(みぬ)かれる、我田引水(がでんいんすい)ではダメだ。「受容(じゅよう)と発動(はつどう)」二つで一つ。『全個皆完(ぜんこかいかん)の原理』価値判断を超(こ)えたもので在る。発動とは此(こ)の誠(まこと)の発露(はつろ)、心の発動で在る。全(すべ)ては一繋(ひとつな)がり、其(そ)れは存在(そんざい)の原理。苦難(くなん)から決して逃(に)げず、正面から受け止め向かい合う。
存在には動の面と静の面が在り、動静一如(どうせいいちにょ)に於(お)いて在る。「受けて起(た)つ」是(これ)が存在の原理、人倫(じんりん)の本義(ほんぎ)で在り、大丈夫(だいじょうぶ)の心境(しんきょう)で在る。受け止め発(はっ)して行く。出し惜(お)しみ無く、自分の能力を周(まわ)りにも及(およ)ぼす。全ては一繋(ひとつな)がりで己(おのれ)を尊(たっと)び及(およ)ぼす。人の心の在り様を重視(じゅうし)、一切(いっさい)が善(よ)いで在り、『如何(いか)に自分は素直、純粋で居られるか。是(これ)を持ち続ける事で在り、素直な心を磨(みが)いて行く。全てが善(よ)いと受け止める「受容と発動」二つが一つで在る。苦難を喜(よろこ)んで受ける。一切が善(よ)いで遣(や)り通す。「全力を尽(つ)くす」挑戦(ちょうせん)する機会(きかい)と場(ば)さえ在れば、きっと其処(そこ)に、無限の可能性が在る。内側から外側へ表現出来ればよい。己(おのれ)を信じ、人も信じるので在る。「散り銭(ちりぜに)」とは、出さ無くてもよいお金を人の為(ため)に喜んで出すと大きく育(そだ)って戻(もど)って来る。決して疑(うたが)わず、善心(ぜんしん)が起(お)こったならば直(す)ぐ実行。観(み)えない力(ちから)も信じ身(み)を任(まか)す外(ほか)なし。(上代)
「先が観えるか、観え無いかで在ろうか」