『私の歴史考、基本中の基本。』(16号文)

 歴史考の基本に世界共通、食料に余剰(よじょう)が生じると支配階層や貴族等が生じる。平安時代以前の貴族社会では、「神話」を踏襲(とうしゅう)する。(鎌倉時代以後、武家社会に移り変わる。)世界共通、神話は天地創造から始まり「天と地」が分かれた時、様々な神が現れ終わりに一組の神が現れ人を産んだと在る。其して、天地の分かれた時、未だ土壌は泥土の様に固まらず此の時『葦芽(あしかび)』の様なものが勢いよく萌出(もえい)で、固まり大地と成ったと伝う。水稲が急速に普及する弥生(やよい)時代(前400~後300年)当時の農耕は沼等、葦原(あしはら)が群生する低湿地帯での水田利用で、近世まで水利事業とは、水の無い所へ水を引くのでは無く、湿地帯での人工の排水路を設けて、水を排除し湿地の固成化を指し、水田が拡がり集落が営(いとな)まれる。紀元前二世紀頃より墳丘墓を通して、神々との係わり合いが大陸より伝わりて観えて来る。
 例えば後「古墳」の周囲に土留(どど)め用杭の有孔円筒埴輪(ゆうこうえんとうはにわ)を一列等に並べ神域とする等、後300年よりの古墳時代に入る迄、日本には殉死(じゅんし)の風習が在り、お付き等近習者を尽(ことごと)く生きながら、陵内の中腹に葬列(そうれつ)状にて腰まで埋めた。天皇は悲惨な状況なので殉死を止め、人の代わりに埴輪が立てられた。(上代)
             ずう~と、お話は続きます。!