『現代の「京町家」とは何ぞや、のお話。』

 京町家の伝統は竪穴住居よりの農家の形態が室町時代に確立したものと、平安京造営時の先新の宮風庶民床上住い長屋住居依りの伝統が合わさったもので在る。平安京、都造り町造り、基本形は江戸東京や地方にも伝えられ各種の京職人達と共に全国に拡まった。
 現代の京町家を代表するのは「通庭(とおりにわ)」で在ろう。通り庭と言えば土の土間「たたき」ですが「三和土(たたき)」と書きます。三和は招(まね)き入れる玄関土間に続く一区切りされた生活空間の大屋根までの防火、塗籠壁(ぬりこめかべ)の「火袋(ひぶくろ)」が広がる。「はしり」と呼ぶ「流し」の前を通り(通り庭を、流しの「はしり」とも呼ぶ。語源は端折(はしょ)るから)勝手口に続く、低いカマドで暖(だん)を取る土間作業スペースが奥に在る。(古墳時代に大陸よりカマドが伝わり、掘下げて防火暖も取る。)一体三つのスペースで三和土たたきと呼ぶ。平安時代の中期まで地方庶民はたたきの土間で茵(しとね)と呼ぶ敷物上での生活を暮(おく)って居た。京の都では庶民がいち早く床上生活を暮る。次に京町家と言えば「段格子(だんごうし)」で在ろう。平安京造営時縁り格式の蔀戸(しとみど)が、長屋での招き入れる縁側に当たる見世の間(店の語源)正面に小さな飾り格子の窓が付けられ、全国に拡がった。(上代)
『一口講座』は2002年、平成14年4月よりスタートしました。(上代)