ピラミッドを伝うのか、「御柱(おんばしら)」とは何んぞや。

「御柱(おんばしら)」とは石室の上に聳(そび)え立ち、天上(てんじょう)の神に御出で頂く目印の長い杭で、後に納める天皇の、御神木で在る。
最高実力者、蘇我馬子(そがのうまこ)(?~626年)死す。其の4年前に亡くなった皇太子、聖徳太子の代わりに聡明な子、「山背大兄王」老練な蘇我馬子の墳丘墓築造し安置される迄、陣頭指揮を執った。又、次期天皇と目されて居た。(飛鳥の石舞台と思われ、石室のみが残り墳丘は取り除かれて居る。)「御柱」は聖徳太子が中国、神仙(しんせん)思想の「道教(どうきょう)」を導入、「天、人、地」は三位一体と考え、大地も人体生命と捉え墳墓の中、大地と伴に天上の神と出会い永遠の生命を得ようと考えたか。先ず地上に玄室の石室と羨道(せんどう)が造られ、石室の上に聳える長い杭「御柱」は天上の神に御出で頂く目印で、版築(ばんちく)工法の土が被(かぶ)せられ墳丘墓が形造られる。形は天皇が八角形、皇太子は六角形、家族等は円形、他は方形で在る。表面には葺石(ふきいし)が施される。羨道から亡骸が収められ一体と成り「御柱」は抜かれ納められる。天武(てんむ)天皇により御神木、太一(たいいつ)神と成る。太陽神、ラーのエジプト、ピラミッドの築造にも共通点が多く中国に伝わる。
残念なのは、蘇我蝦夷(そがのえみし)に斑鳩(いかるが)宮が襲われ炎上し、聖徳太子の子は自殺す。(上代)
お話は、面白く為りそうかな?